男同士でルームシェアをする、ということが、存外に普通のことであると知ったのは実際に引っ越しを決めたときだった。高校卒業を控え、就職するから進学しません、と担当教員に告げたときには我が身のことなのに他人からの叱責が重過ぎやしないかとおもったものだが、後から聞くに彼も同じ憤りを抱えたとのことだったので世間一般の総意なのだろうと考え直した。と、考え直したところで僕は結局高卒で就職を果たし、大学へ進学した彼との同居、…ルームシェアに踏み切ったわけだ。実家からも通えない距離ではなさそうだったが、大学生になったら一人暮らし契約をかねてから母君と結んでいたらしく、彼はあっさりと家を出た。僕の方はといえば、学生しか支援しないらしい機関(そもそもあそこに学割制度があることすら知らなかったわけだが)に居住費の支給を断たれ、大人しく引っ越しを検討していたところだったのである。二人で暮らせばそこそこの水準を保てるのではないだろうか、と、先に持ち掛けたのはこちらからだった。
 それから、もう三年も経つ。僕は三度の転職を終え、次の機会を狙っているところだ。常識人である(らしい)彼は、僕がインターネットで転職サイトを見ていたり、大量の求人雑誌に付箋を貼りまくっていると大抵怪訝な顔をしてちくちくと小言を並べるのだが、最終的にはいつもこちらの主張を尊重してくれている。最後の最後で出てくる、別に俺には関係ない、という振りが好きだった。僕たちは、お互いを気のよい友人同士だとおもっている。毎朝キスをするし、気が向けばセックスをすることもあるのに、ただひとつの家を共有している友人だとおもっている。ほんとうにそうおもっているところが救えないのだろうが、今のところ問題はない。セックスフレンド、とか、そういう呼び名が付けばもう少し酔った振りでも出来るのだろうけど、その地点に赴くのは難しかった。何故なら、僕たちには愛があるからだ。…友人の定義を見直す家族会議が開催される兆しはない。
「こいずみー」
「はーい、どうしましたか」
 なんてことを考えながら、僕は自室でパソコンに向かっていた。現在の職は映画関係のレビューを執筆するライター業で、ちなみに前職は庭師見習い、その前は洋菓子店での接客、もうひとつ前は建築関係事務である。彼がいつも、僕の転職に関して最終的に折れてしまう原因を知っている。彼も、知られていることを知っているはずだった。
「お前の好きな女優出てるドラマ、今日最終回だって」
「あれ、そうでしたっけ」
「仕事終わんねえの? 録画しとくか?」
 ひょこ、と控えめに顔を覗かせる彼は、大学から帰ってきてすぐお風呂に入ったので上下スウェットだ。まだ学生なので、スーツにネクタイ、なサラリーマンの彼を拝めないところが若干悔やまれたが、この見飽きる程のスウェット姿にいまだ心躍るので相殺ということにしておこう。あと一年半ほどの我慢である。中断します、と席を立つのを見て、彼はまたテレビの前に戻っていった。
「あなたの好きな役者さん、そろそろ答え教えてくださいよ」
「いやだ」
 最近の、僕の興味はそればかりだ。後ろを歩きながら、濡れて跳ねた後ろ髪にちょっかいを出してみる。僕が好んでいる女優が出ているドラマに、彼が好む役者が出ているところまでは雰囲気で掴んだものの、どうしてかなかなか正解しない。ボクサーのように見えないはずの手を避ける頭の動きに笑いながら、僕たちは気が抜けたようにソファに座り込んだ。家の中でいちばん落ち着く場所だ。
「だってお前、そういうこと教えたら、次は役者になります、とか、言う」
「言いませんって」
「嘘を吐け、この三年を振り返れ馬鹿」
 心底呆れたような溜息を吐きながらも、彼は面倒くさそうにテレビのリモコンを操作していく。彼がいつも、僕の転職に関して最終的に折れてしまう原因、はこれだった。好ましい人が、好ましいとおもうものになりたいと、考えるのは普通じゃないか。反論したところで、彼の顔が真っ赤になり、何を言っているのかわからない状態で滔々と説教をされるので控えておく。たまには自衛も必要だ。
「しかもお前、転々とする割には全力で、いつも死にそうじゃねーか」
「それは当然、全力で挑んでいるからそうなるんです」
 なるんですじゃねーよ、と言って、彼はリモコンを置いた。ちょうど、オープニングの曲が流れはじめたところだ。気の強い女性が、叫ぶように笑っている。
「自意識過剰も甚だしいが、ちょっとでも、なんつーか、俺が言ったことに原因があるなら、…っておもうだろ、普通」
「ははっ、じゃあ僕が過労死したら、書き換えてくださいね」
「何をだよ」
「死因ですよ」
 二重線を引いて、訂正印を押して、そこにあなたの名前を書くんです。と、笑うと、思い切りぐーにした手で横っ面を殴られた。それは想像するだに美しい情景であるようにおもわれたが、どうやら意見の相違があるらしい。
「お前は俺を殺人犯にしたいのか」
「いえ、加害者ではなくあくまで死因ですから、どういった扱いになるんでしょうね」
「どういった扱いにもならん」
 ことばを重ねよう、としたところで、スポンサーの提供をあいだに挟んだドラマがはじまってしまった。前回の終わりで散々に「次回に続く!」と視聴者を煽ったドラマだったので結局、彼と僕は次回予告まで画面に喰い入るように真剣な態度を取り続けた。その後、お互いの感想発表会に白熱しかけたところで仕事を思い出した僕はそそくさと自室へ引っ込み、彼は彼で、そのままごろごろしていたのだろうとおもう。一時間、も経たないうちに、こんこん、とノック。どうにか提出分を終わらせた僕は仮眠を取ろうかと、錆び付いたように軋む間接をのばしていたところだった。どうぞ、と声だけで促せば、律儀に在室を訪ねてきた割には普段通りな態度で彼が入室、ノックは癖のようなもの、といったところだろうか。
「さっきのはなしだが」
「え?」
 どかっ、とベッドに座った彼はこちらを向いて、おもむろに話しだす。
「お、仕事は終わったのか」
「ええ、先程。それで、どうしました?」
 パソコンを終了するのを面倒くさがって、画面が明るいまま二つ折りにしてしまうと、部屋の電気が付いていないことに気が付いた。こうして段々と視力が落ちていくのだな、と考えながら、彼に向かって足を一歩。
「死因のはなしだが、」
「おや」
「俺も人のことは言えない気がしてきた」
 電気は付いてない、けれどもカーテンを閉め忘れていた所為で街灯がこれでもかと室内を照らしていた。彼は手に持っていた雑誌を放り投げ、ぐっ、と近づいていた僕の手を引いて寄せる。
「なに読んでたんですか?」
「エロ本」
 随分と直球だ、と少し声に出して笑うと、気を抜けば足腰が立たなくなりそうな熱を持って、抱き締められた。抱きつかれた、という方が正しいかも知れない。明らかな挑発にすっかりのせられて興奮してしまったんだろう、しかし彼の物言いからするに、性欲に殺されるとでも言いたいのだろうか。腰の辺りに縋り付く体勢になっている彼が、ほんとうに興奮しているのかどうか、確かめたい、とおもった。死因を特定してあげようじゃないですか、と、肩に手を置いたところで、
「ぜんぶお前に見える」
「………」

 死亡届って、市役所で貰えるんでしたっけ?







20080605