さて恐ろしいことに、俺の指先に毛が生えた。生えただけならまだよかったものの、いやよくないが、そいつは俺の考えをさっぱり無視して動くようになったどころかそもそもの形態がすっかり変わってしまっていた。今まさに俺は人外となってしまったわけだが、残念ながらこれにはとても見覚えがある。左手の、小指。白と茶と黒の、少し長めの毛。機嫌が悪くなると鞭のようにしなるそれ、20センチあるかどうか、なるほどこれは紛れもなく、
「にゃあ」
 お前の尻尾というわけだな、シャミセンよ。
「にゃあ」
 どういうことだかさっぱりわからんが、ひとつ救いがあるとすれば彼の尻尾があるべき箇所にはきちんと彼の尻尾があるということだった。身体の部位が交換されてそこから俺の指が生えてるとかだったらそれなんてホラー? だろ、いやグロだな、そんな映画がレンタルビデオ屋にあっても視界にすら入れないね。まあシャミセンの生態が自然の摂理に反せず行われているならそれはそれで良いにこしたことはないわけだが、そうなってくると俺の左手の小指に起きてしまった異変がますますただの異変になってしまう。小指が猫の尻尾になるってどういう、しかしあいつがそう望むわけがない、と言い切れないのもつらいところだ。何を見たのか知らんが、閃いちまった猫というキーワードが本人も知らぬ間に(本人が知った間などこれまでにないわけだが)ぶつ切りにされて俺は尻尾担当なのかも知れん。どうせなら普通に尻周辺から生えてくれればよかったものを。と、思ってしまってから自分の頭をぶん殴りたくなった。生えない、という選択肢、それでいい。
「にゃあ」
 普通に尻周辺から尻尾の生えているシャミセンが、ベッドにうずくまっている俺の足元へとやってきた。気付くまでの経緯をかなしみながらもお伝えすると、ありがちに朝起きたら小指が尻尾に、というわけだ。終了。スウェットを涙に濡らしたいところだが、ここ数年でおかしな耐性のついてしまった俺はじっと自分の、自分のものではなくなってしまった小指を見ていた。ベッドに乗っかって俺を慰める同じ毛色のシャミセンに、ふるり、ともうひとつの尻尾が動く。まるで会話をするかのようにじゃれあった後に、それはどうしてか俺の頬をなでようと、実際になでられないのは決定的に長さが足りない所為だが、とにかく俺の頬に向かってのびてきた。少し顔を近づけてやると(後から気付いたが腕を顔に近づければよかった)ふわり、と、くすぐったい。密集した毛が能動的に肌をなぞる感触は普段なかなかないものだろう。ぞわり、と、鳥肌が立った。
「にゃあ」
 動き続けるそれを捕まえようと、前足をのばしたシャミセンが俺にのしかかる。そこでようやく自分がすっかりベッドに寝転んでいることに気が付いて、自分の小指に口をつけていることに驚愕した。なんだ、なんなんだ。ふわりふわりと頬からこめかみ、顎をなぞった小指尻尾の先は唾液に濡れ、咥内には異物感。シャミセンは俺の腹に乗り、
「にゃあ」
 と、何かを言うようだった。そのときふいに携帯電話が俺を呼び、必死に意識を引き戻しながらそれを手にして、しかしそのあいだも俺の小指は俺のことを恋しいと言っては動くのだ。長門か、勝手ながら縋る思いでメールの着信を告げた携帯電話を開いた、が、直後壊れない程度にそれを思い切りぶん投げてやった。
『生まれながらにある耳の上に、もうひとつ耳が生えました。これはたぶん世に言う猫耳というやつでしょうが、僕にこれが生えることを、彼女が望むとも思えませんよね』
 何が、よね、だ。知らねーよ馬鹿、お前だけ正規の箇所に生やしやがって!







20081011