高校生のときから、普通であることに誇りみたいなものを、持っていたような気がする。特別に、常にそれを考えていたわけじゃないけど、周りが結構、趣味思考を共通とすることが流行りというか、何だかそういう風潮があって、そこに淘汰も埋没もせず、偏見も持たずいられたことはなかなかに普通で、なかなかに悪くない環境であった。友だちはみんな友だちで、好きな友だちも嫌いな友だちもいない。だからほんとうに、ほんとうに好きな人が出来たとき、好きで好きでどうしようもなくなった私は、幸せだと思った。

 あてもなく散歩をするのが日課。生まれたばかりの赤ん坊を抱っこして、てくてく。暖かい季節になってきたなあ、なんて、空とか見上げながら。公園のベンチにぼんやり座って、お腹が空いたよ、って言われたら家に帰る。それの繰り返し、楽しいよ。赤ん坊がいっしょだからね。だってそれしかすることないんだもん。
「こんにちは」
「え、あ、こんにちは」
 そよそよと、太陽の光に揺れる木の葉を見ていたら、ふいに優しい声が落ちた。毎日通っている公園だけど、人に話し掛けられるのは初めてだったのでちょっと吃驚する。とても柔らかい物腰で、私の隣に腰掛けた人も赤ん坊を抱いていて、同じ「おかあさん」なのかな、と思う。思うのだが、こちらに微笑みかける彼女はちょっと尋常でないくらいに美しく、手足も長くてモデルみたいで、腕の中の子は物凄く安定して抱かれているように見えた。中性的な雰囲気で、私と同じ「おかあさん」と呼ぶには少し、現実離れしている気がする。普通、じゃないなあって。
「可愛い赤ちゃんですね」
「あなたの赤ちゃんはたいへんな美人ね」
 元々色素が薄いのか、薄茶色の髪の毛がふわふわとしている。抱っこしてる赤ちゃんも同じにふわふわ。ひょい、と覗いてみると素晴らしいくらいに美しい顔をした赤ちゃんがそこにいたものだから、思わず、口に出してしまった。
「あう、あー、あー」
「お、どしたの、美人の赤さまが気になるか」
 美人母子に反応したのか、うちの子が突然喋り出す。お前も母に似て美しい顔が好きなのかね、と鼻先を突ついてやると、きゃきゃっと小さな手を振って喜んだ。にこにこ、とその様子を眺めていた隣のおかあさんは、
「ほっぺた触ってもいいですか?」
 と、美人でもなんでもない普通の顔したうちの子を愛しそうに見るものだから可笑しくなってしまう。ちっちゃな子どもをもつ親は、ちっちゃな子どもが全員可愛く見えるのかしらね。細く、長い指が頬をなでていくと、くすぐったそうに、小さな瞳をきゅうっと瞑る。よかったね、美人細胞わけてもらえるといいね、あんたは男の子だけども。
「あー、あー! あー!」
 するとまた突然に、美人さん(と、呼ぶことにしましょう)が抱っこしている赤ん坊が叫び出した。すっかり大人しくしていたから寝ているのかと思っていたので、おやおや、と微笑ましく見守る。手足をばたばたとして、うちの子も興味を示した。
「いつき、しーよ、しー。お友だちが泣いちゃう」
 いつきちゃんっていうのかあ、可愛い名前。
「あ、大丈夫ですようちの子。結構ぼんやりしてるから」
 ほんとうにぼんやりとしているので、泣いちゃいそうないつきちゃんに、ひょいと我が子を見せてやる。半目がデフォルトの赤ん坊なので、きらっきら輝きそうな美人には正直耐性がないのだけれど、抱っこした身体ごとぐっと寄れば美人さんの方が楽しそうに笑い出した。
「いつき、あんまり喋らない子なのに、好きなのかしらあなたの赤ちゃん」
「あらあら、それは光栄ですね」
 よかったな、と声をかけてやると、小さな後ろ頭が楽しそうに揺れる。両手を差し出して笑いはじめたいつきちゃんの顔にがつんがつんと額をぶつけて遊んでいるが大丈夫だろうか、これはとめるべきだろうか。でもいつきちゃん笑ってるしな、美人さんも微笑ましい表情だ。うん、今のうちに美人を堪能しておけ我が息子。
 お誕生日を聞いたら、うちの子より二ヶ月くらい早いようだった。それにしては小柄な気がする、と思ったけれど、それが可愛らしさを際立たせているみたい。いや普通サイズだって充分に可愛いんですけどね!
「それにしてもほんとう、美しい顔の赤さまだこと…」
「赤さま?」
「あ、赤ちゃんのことです。あんまり可愛いから様付けしているだけで」
「あははっ」
 美人さんは大口開けて笑っても美人さんだ。とてもとても愛しそうに、うちの子と、ご自分の赤さまの頭を、意外と大きな手の平でなでる。ほんとうにモデルさんか女優さんなのかも知れない、見たことないけど、それくらいの美しさだ。
「おかあさんが美人さんだから、この子もきっと、大きくなっても美人さんのままなんだろうなあ。女優さんになれそう」
 ふふふ、と何かを含むように笑われたので、おかしなことを言ってしまっただろうか、と窺う。うちの子はいまだ、美しい赤さまに頭突き中だ。

 その後、旦那さまが迎えにきた美人さんは、とても幸せそうに、目が潰れるかと思うほどの笑顔で、さよなら、とお辞儀をして行ってしまった。この辺に住んでるのかな、だったらこの子と学区が同じだったりするかしら。いや私は今実家にいるんだから、通う学校は違うんだった。なんだか少し残念に思いながら、お腹が空いたと言われたので公園を出る。てくてく、歩きながら息子といっしょに空を見上げた。ほら、夕暮れがとてもきれいよ。
 あなたはとても普通の子、私がそれで幸せだから、そうやって育ってくれたらいいなあと思う。だけど、あの美人さんみたいな、いつきちゃんみたいな、特別な子が困っていたら、全力で助けてあげなさい。普通であることは、大切だけど、必死に守るものでは、きっとないの。
「あう、あうう、あー」
「そうよ、宇宙人でも未来人でも超能力者でも何でも愛しちゃいなさい」
 私だって、魔法少女や美少女戦士への憧れを、ずっと心に秘めてるんだから!







20080419