声を掛ける相手を完全に間違えたと気付いたのは、鶴嘴を持たせた直後だった。簡単に「声を掛ける」などと言ってしまったが、俺にとってその選択は言葉の通り生死を懸ける行為なのであり、言うなれば生涯を共にする運命のパートナーに一世一代の大告白をするのと同等な人生の懸かり方なわけだ。そういうわけで、俺は俺なりに人選を間違えないよう慎重に見定めたはずだったのだが、現状から判断するに俺はきっと外見を全く見ずにオーディションを進めるべきだったのだろう。新しいおもちゃを手に入れた子どものように岩やら石やら土を叩き崩し続けるその姿は見紛うこともなく破壊神そのものではあるが、素質だけが充分であっても仕方がない。魔王という立場ゆえ、少しぐらいこちらの指示に従っていただかなければぶっちゃけゲームの構成そのものが成り立たなくなってしまうのであり、そんなことではシステムを構築したどこかの誰かに申し訳が立たないわけだ。曲がりなりにも魔王として、な。
「作業中に申し訳ないんだが、涼宮さんよ」
「なあに五月蝿いわね、あんたのために頑張ってるんだから黙ってなさいよ!」
 明らかに俺のために頑張っているわけではなさそうな口ぶりで、雄々しく鶴嘴を振りかぶる破壊神、紹介しておこう涼宮ハルヒさんである。手の甲を頬で拭ったのか、黙っていれば見目のよい顔に泥を貼付けて、額にうっすら汗まで浮かべつつ、確かに一生懸命ではあるらしい。崩した土の中から顔を出す人型モンスターと、それに食べさせるための食料(モンスター用なので俺たちは食えないはずだが、破壊神は転がり出てくるたびに目を輝かせている)(しかし人型モンスターの捕食スピードは半端ないので、結局彼女がそれを口にする機会は訪れなさそうだ)を大量生産しながら、掘りはじめたばかりのダンジョンは数時間もすればそれなりの形を成しそうだ。確かに才能と素質はある、しかしこのままではモンスターが育つばかりで俺の隠れ場所は提供していただけないのではなかろうか。一応最初に大前提である「魔王である俺を勇者が連れ去りにくる。連れ去られると世界が平和になってしまうので、あなたはそれを阻止するためにダンジョンを形成してください」ということを説明したはずだが、そこで彼女は「確かに、世界が平和になるのはつまらないわね!」ともはや破壊神以外の何ものでもない発言を不釣り合いすぎる笑顔で言い放ち、こいつはいける、と鶴嘴を渡した俺がばかだったわけだ。
「このままじゃ、敵は強いですが魔王は目と鼻の先にいるので問題ありません、ってことにならないか」
「だったらあんたも掘ったらいいじゃない、もう一本くらいあるでしょ予備が」
 だから俺は魔王であってだな…、と反論するのも疲れそうなので、俺は仕方なく破壊神が言う通り予備として持っていた鶴嘴を手に取った。座り込んでいると怒鳴られそうなので、腰掛けていた岩ともさよならする。なかなかいい具合に暖まってきたところだったので名残惜しいが、工事現場のおじさんも顔負けなかっこいい背中に免じてまあ、俺は俺で頑張るか。自分の身を守るためにな。
「問題ない」
 すぐ近くで、聞き慣れた声がした。小さいが既に育ちはじめている人型モンスター(俺は長門と呼んでいる)が、似合いもしないのに着せられている黒く長いマントをちょいちょいと引っ張っている。鶴嘴で引っ掻いてしまうと危ないので、破壊神には見えないように一度地面に置いた。長門はずっとこのダンジョンにいる人型モンスターなので、俺が前回彼女に会ったのは少し前のことだ。段階を追って別の種類も存在するが、少し苦手なので正直あまり会いたくない。当然強いので勇者撃退にはもってこいなのだが、俺は長門相手にぼんやり喋っている方が好きだ。
「あなたを連れて行かせはしない」
「それは心強い、今回もよろしくな」
 数ミリ前髪を揺らして頷いた長門は、破壊神が笑顔で投げて寄越してくる食料をしっかりキャッチし黙々と食べはじめる。ひとつ頭を撫でてやってから、俺は再度(どうして魔王がダンジョン制作をしなければならないのか疑問を持ちたい心を押さえつつ)鶴嘴を手にし、破壊神とは反対側を掘り進めることにした。
 そういうわけで勇者さん、今暫くは大人しく、目覚めず眠っていてくれよ。

 きっとこいつは、お前と楽しく遊んでくれるさ。






20080103