部活帰り、寄り道、コンビニ。下校時の買い食いを叱る程、南健太郎部長は悪い男ではない。何せ部活帰りのコロッケを美味だと公言するお方だ。怒られでもしたらこっちが対応に困る。心地よい疲れを引き連れて、誘われるように入った駅前の、コンビニ。
「ほら、千石」
「なあに」
「好きなもん買ってやる、何か持ってこいよ」
「え、なんで?」
 入店早々、仰々しくもカゴを手に取る南の横で、雑誌コーナーへふらりと足を向けようとしていた千石はきょとんと目を丸くした。何をそんなに買うつもりなんだ、とも思ったし、突然何をそんなに優しくしてくるんだ、とも思った。別に彼が普段から自分に全く優しくしない、とは思わないがしかし、こうもわかりやすく(好きなものを買ってあげる、など親戚の子どもに向けるような優しさの類いだ)両腕を広げて胸を見せられるようなことをされると迂闊に飛び込んではいけないと構えてしまう、仕方の無いことだと思うわけだ。千石が次の言葉を発さないとわかるや否や南は落胆したようにひとつ溜め息を吐き、お前なあ、と聞こえるか聞こえないかとても微妙に低い声で唸る。
「さっきの」
「さっきの?」
「さっきの、1ゲーム先取したら、ってやつ」
「ああ!おごりね、って言った」
「それ、だから何か持ってこいよ」
 カゴをひょいと持ち上げて見せて、それはきっとこの中に入れるものを取ってこい、という意味だ。カゴを持たせてしまう程に先程のゲームの勝敗は重いものだったろうか、と考えつつ、千石は取り敢えず軽く頷いて雑誌コーナーを通り抜け、ふたつ先の棚へ向かった。そのあいだに南は、飲み物が並んでいるところへと移動する。お小遣い日直後、とか、そういうのなんだろうか、とにかく気前が良過ぎる気がして千石は落ち着かない。外を歩くあいだに冷えた髪の毛の中の汗が、店内の暖房で生暖かく湿った。
「ねー、みなみー」
「大きな声で呼ぶな、聞こえてる」
「何でもいいの?」
「…さっきの勝ちに見合うものを自分で考えてくれ」
「はあい」
 ぐしゃ、と少し気持ちの悪い髪を掻き混ぜたとき、千石の目に入ったのは一面のピンク色。思わず南の名を呼んで、買ってもらえるものを確かめた。先程の勝利に見合うもの、だったら、これくらい許されるはずだ。ひどく目に付くとっておきのピンク色をひとつ手に取って、スポーツドリンクのペットボトルをカゴに入れている南にととっと駆け寄った。
「南それ好きだねえ」
「何か選んできたのか?」
「うん、これ、これ買って」
 ことん、とペットボトルの横に、ピンクを置いた。カゴの中で寄り添うそれらは大変に中学生らしい可愛い買い物だ。百円ちょっとの、苺味のチョコレート。
「南にはあげないよ、俺の勝利の証だもの」
 数秒立ち尽くしていたままカゴの中身を見つめていた南は、うん、と何かに頷いてすぐレジに向かっていった。やっぱりカゴいらなかったんじゃないかなあ、と思いながら、千石もその後を追う。会計を済ませ手に持った小さな袋をがさがさいわせる南と店を出て、また汗を冷やす外気に揃って身体を震わせた。千石のように髪の毛に覆われていない耳が寒いのか右手でごしごしとさする南から、ほら、と袋を差し出される。
「ありがとー」
「ペットボトルは俺の」
「わかってるって、取らないよ」
 並んで歩きながら、袋の中から買ってもらったチョコレートだけを取り出した。南が両手で耳を暖めているあいだに、ポケットにしまう。これだけ寒ければすぐに溶けるようなことは無いだろう、南の飲み物が残された袋は左手に持ったまま。
「お前さあ」
「なあに」
「俺の分はちゃんと自分で買ってこいよ」
 耳から手を離した南が、何か当たり前のことのように言って、それをすぐに理解はしたものの本当にそのままの意味で受け取っていいものか、千石の手の中の袋からペットボトルだけが引き抜かれていく。空っぽになったはずの袋はまだ少し重くて、そこにはなんだかあたたかいものが入っているような気がした。
「あはははっ、みなみ、そんな直接催促しないで」
「別に手作りがいいとか言ってないし、難しいもんでもないだろ」
「なんですって!俺、南よりは料理上手ですけど!」
「お菓子は料理とまた別だろ」
「作ったことないくせにそういうこと言わないで下さいー」
「作るの?」
「作りませんよ」
 一口飲んだペットボトルを差し出されたので笑い転げたまま受け取る。寒いのが緩んできたような気もするし、自分の体温が上がった所為で余計寒くなったような気もした。南はまた、赤くなっている耳を手の平で覆う。
 忘れていたわけではないけれど思い出したのはさっきピンク色が並ぶあの棚を見たときだ。とはいえこれから家に帰るというのにいつ用意すればいいのだ、そんなバレンタインデーの前日。






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もう当日ですが前日のはなし、めろめろなはなし
20060214