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1. 人の家に遊びに行くときはタオルを持参しますかしませんか。俺は持って行かないのが当たり前というかそれ以前にお泊まりのときのタオルについてなど考えたこともありませんでした。そういう話。 「みなみーみなみー、みなみー?」 身体がまだほかほかしたまま、ていうかびっしょりのまま、俺はお風呂場のドアから顔だけ出してこの家の息子のお兄ちゃんの方を大声で呼んだ。顔だけ出してんのは脱衣所が寒いから。みなみって呼んでから、みんなみなみだってことには気付いたけど。気付いたけどね、みなみみなみって、呼んでやった。 「叫ぶな千石、聞こえてる」 「えー、ちょっとー、俺は南を呼んだんですけどー」 薄い緑色をしたバスタオルを片手に、顔を覗かせたのは東方。彼が開けたドアの所為で寒い空気が流れ込んできて、もっとずっと寒くなって、俺は避難の声を上げる。その声には勿論寒さ以外の批判も含まれているよ。 「お前が呼んだのは南とコレだろ。半分来てんだから文句言うな」 ひどく適当に押し付けられた薄い緑は俺の顔をふかふかと被い、水分をじわじわと吸い取る。ぷくうと頬を膨らませると、ぶさいく、と一蹴された。そこ置いといて、と、寒いから取り敢えずそのドア閉めて、と、どっちにしようか迷っているうちに東方はぽいっとバスタオルを洗濯機の上に放った。半端に水分を取られ顔はすーすーとして余計に寒さを敏感にかんじる。 「わかったから、そのドア、閉めて、寒い」 「なんだ、礼も無しか?随分だな」 「ありがとーありがとー東方大好きー」 「おお、おお、ありがとうな」 「だから早くそのドアを」 「お前が風呂場に戻ればいいじゃないか」 「なに?東方は千石くんの裸を見ていたいわけ?」 「わけのわからないことを言うな」 お風呂場のドアに顔を挟んだ状態で、微妙に身体は見えないようにしてて、相手は東方なのだからそうする必要もないことに薄々気付いてはいたけど(南を呼んでいる時点でそうする必要があったのかという突っ込みは却下)今更あけっぴろげに前に出るのは何だかおかしいし、第一寒い。けれどなかなかタイミングを計れずにお風呂場にさっさと戻ることも出来なかった。東方が先にこの場から出て行ってくれればいいのに、それはきっと東方も思っていることだ。こういう些細な場面に関して俺たちは(というか中学生は?)不器用だ。試合ではあんなにくるっくると頭が働くというのにね。 「ていうかさ、そこに、あったんじゃんタオル」 「ん、ああ、そうだな、本当だ」 顔をもう少し脱衣所の方に出して、目をやると、きちんとたたまれたバスタオルが入っている棚が見えた。当然だ、ここはお風呂に入る為の場所なのだからその後身体を拭くタオルがこの場にあることは当然だ。うちにだってある。東方の家だってそうだろう。南は地味なんだから、普通の家と違うことなんて何も無い。だから、考えなくたってここにバスタオルがあることは当たり前だった。俺はそれだって頭の隅でどっかちゃんと知っていて、その上で南を呼んだのだけれど、やって来たのは東方。今更気付かなくてもいい事実だ。 「ちょうど南が洗濯物たたんでてな、お前の声が聞こえたから持ってきたんだ」 「お、いい子じゃん南ってば!お手伝い!」 「これ持ってけって言ったのはあいつだよ。だよなあ、風呂場には普通バスタオルあるもんなあ。わざわざ俺来なくてもよかったんじゃないか」 働き損だとも言うように東方が息を吐く。わざとらしいその仕草に笑ってしまった。どっかにあるだろ、って叫んでくれれば俺は少しがっかりしながらもいそいそと探しただろうに、わざわざたたんでいたタオルを東方に持って行ってやってくれと頼んだわけだ。微妙にどっかずれてるところが南だなあ。にやにやとしていたら気持ち悪いな、と東方が怪訝な表情で俺を見た。 「つうかお前、人んち泊まりに来るときは自分で持ってこいよ」 「なにを?」 「バスタオルを、だ」 「えー、そんなもんなの?」 「普通だろ」 えー、えー、普通じゃないよー、と可愛く文句を言うと、東方は普通だ、と言い切って俺の頭を押した。いいからもう一回あったまってから出て来いよ、と俺を浴室に戻そうとする。俺が食い付くタイプの話題だと察知して、これは早く切り上げなければ、と思ったのだろう。俺の額が彼が思ったより冷えていて、少し焦ったような表情をしている。急いで自分の後ろのドアを閉めたのがその証拠。 「じゃあ、俺があがったら、南も交えて決着をつけよう」 「なんのだよ」 「お泊まりのときにバスタオルを持参するのが当然か否か」 「あー、はいはい、わかったから」 会話を続けようとする俺を、東方はとうとうお風呂場まで踏み込んできて浴槽に押し込めた。彼が出て行くぎりぎりまで(ドアをふたつこえて彼が完全に出て行くぎりぎりまで)俺は自分がタオルを持って来なかったことに対しての正当性を喋り続ける。一度出て行った彼が戻って、肩まで入って百数えろ、と言われたところでそれを止めて、どうやって南を味方につけて東方を言いくるめるか考えながら、ずるをせず一から、声に出して数え始めた。 |