練習のない日曜日。前の日の夜にメールか電話、南が面倒臭がらなければネットでメッセ。夜更かししてでも早起きして朝からお散歩、渋谷とかは人ごみの中で手を繋げること以外利点は無いからほとんど近所で、いつも使わない方向に走る線路沿いをてくてく歩く。毎週それをやるようになったのは最近だけれど毎週欠かさずにやってる。ちゃんと真剣に好きだってわかってくれるようになってからは南の付き合いもよくなったものだ。別にそれまで邪険にされてたわけじゃないけどさあ、ちゅうもさせてくれてたけどさあ、なんての、そういうのとは違うのよ。本人にそういうつもりはないんだろうけどね、知ってるよそんなの!
「みなみー、何飲むー?」
「えーと」
「なんでもいいはだめー」
 てくてく歩いて途中で休憩するのはいつも同じコーヒーショップ。学校とは方向が違うし、この辺にはたまたま山吹に通ってるやつはいないみたいで、駅前なのに知り合いに会ったことはない。見られちゃ悪いわけじゃないけど(どうせ学校でもいつもいっしょだからさ)ただ東方も亜久津も室町くんも壇くんも、要するにテニス部の子らがいなくてふたりっきりってのはやっぱさ、嬉しいから、せっかくだから南が何も気にしない状況が好ましい。彼が普段から何かを気にしている可能性は低いけれど用心に用心を重ねたって悪くないっしょ。日曜日の午前中のシフトは大体毎週同じらしく、なんかもう知り合いみたいだ。それでも店員さんはみょうに仲良さげな男子中学生二人にも優しく接してくれるし、だからこそ毎回ここで休憩するわけなんだけど。変な時間だからいつも他にお客さんがいなくて、こっちがちょっと心配しちゃうくらいだよ。
「なんでもいいよ」
「だーかーらー」
「だってメニューわかんねえもん」
「こっちおいでよー」
 商品を頼む前から既に着席してしまっている南と結構大きな声で会話をしても、俺の目の前で注文を待っている店員さんはもう慣れたもの、にこにことして待っている。東方に似てるよなあ、いつも思うけど誰に言っても伝わらないので心の中だけで俺はこの店員さんをまさみちゃんと呼んでいる。カウンターに組んだ腕をついて、そこに胸を押し付けるように体重をかける。足は斜めに投げ出して。お行儀悪いのはわかってるけど、ここは何だか許してくれるオーラが出ているからついついやってしまう。手を振って呼ぶと、店員まさみちゃんも俺の真似をして南を呼んだ。
「見てもわかんねえんだもん…」
「こら」
 渋々こちらへやってきた南が本当にわからないんだ、というような顔をして俺の手元にあったメニューと睨めっこを始める。面倒くさいわけではなくて、歩いて疲れたわけでもなくて、南は単純にこういうちょっと流行ってる店での注文自体が得意ではないのだ。いつもこうして悩んだ末に、それでも完全にこれ、と決めるわけではなくて。結局は俺が何となく選んであげるのだ。
「えー、えーと、じゃあこれ、豆乳の」
「ソイラテ?」
「うん?」
「なんで疑問系なのー」
「だってわかんないから」
「うん、うん、じゃあそれで、トールでいい?」
「ん?」
「まんなかくらいのサイズ」
「うん」
「じゃあ、ソイラテのアイスと、バニラクリームフラペチーノにウィズシュースティック付けてダブルで!どっちもトールでお願いします〜」
 はいかしこまりました、と店員まさみちゃんが言って会計をしているあいだも南は俺の横で、今俺がいったカタカナたちをまるで外国語でも聞いたかのように小さな声で繰り返している。それもところどころ違っておもしろい。え、結局何頼んだんだ?って顔をしてるから、すぐわかるよ座って待ってて〜と南をさっきの席に戻す。受け渡しのカウンターでにこにこと待って受け取って走る。
「走んなって、あぶないから」
「へいきへいき〜はいっ、これ南のね」
「サンキュ」
 少し高い椅子のカウンターに二人並んで座って、足をぶらぶらとさせながら人通りの少ない道路を眺める。今度あっくんとか東方もいっしょに来よっかー、って言ったらちょっと言い淀んだ南が、ここ禁煙なんだろ…って呟いた。それが別にどういう意味でも構わない、俺は嬉しくなっていまだにメニューも読めない南がとても愛おしいと思う。来週からテストだからお勉強会でもしよっかーと言っても返事が無いので視線をやると、ストローをぐちゃぐちゃとかき回している俺の手元をじっと見ている南に気付いた。
「みなみ?」
「それ、ちょっと飲ませて」
「いいよーいいよー」
 とん、と彼の前に置くと、じっと見つめた後にストローをくわえた。テーブルに肘をついて背中を丸めて、いつもはしないだらしないかんじがとても可愛い。
「あはは、間接キスだー」
「んー」
「リアクション薄いって」
「ひまさらはにひってんだ」
「ストローくわえたまま喋らないのー」
「んー」
 ずずーっと飲んだ後に甘過ぎたのか眉を寄せて、それでもまだずずずとすすっている。俺は南の前に置いてあったソイラテをちょっともらって、また彼を見た。
「へんごふー」
「ん?」
 またストローをくわえたまま喋る。可愛いからもうほっとくけど。
「やっぱ次からまたお前選んでくれ」
「美味しくなかった?」
 甘い甘いという表情をしながらもそれを飲み続けているということはイコール、自分の飲み物が気に入らなかったということらしい。それでもやっとストローから口を離して俺が飲んでいたソイラテと交換したのは、頼んだからには飲み干す、という南なりのけじめだろうか。ていうか南豆乳飲めたっけ?と聞いたら、飲んだこと無い、って返って来た。自分のストローをくわえて遠くを見ながら、
「で、さ、次からはあっち座ろう」
「おお、外見てるの飽きちゃった?」
「んーん、ここ椅子動かせないじゃん」
「え、みなみ、お、おー…?」
 なんでもないような声で言うものだからちょっと意味がわからなかったけれど、まったくなんてことをいうのこのこは!えー、今のはさー、椅子動かないから距離を縮められないじゃないかってことでいいのかなー、えー、えー、そんなこと言われたら清純困っちゃう。そわそわしてきょろきょろしたら店員まさみちゃんと目が合って、すっごいにっこりしたら彼もにっこりとした。いい人だ!機嫌良く最後になるであろうガラス越しの駅前に視線を戻して、フラペチーノをくわえたら、なんだか違和感。ああ、またこんな、可愛いったらありゃしない、
「みなみ」
「んー」
「これ、ストロー噛む癖、あんまりやっちゃやだよ」
「自分のしかやらないよ」
「おお、また君はそういうことを言う…」
「んー?」
「ねえみなみ、ちゅうしたい、今!」
「あとでな」
「なっ…!あと、でっ、て…!」
「なんだよ」
「なんでもないです」
 がしがしとストローを噛む南と、ここを出てから今日はどこへ行こうか、という話をしながら、髪染め直しに行く?と俺の髪を触る彼の手をそのままに、俺も真似をして南が途中まで噛んだストローを上から噛んだ。





−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
キリの良い数字を踏んでくれた高助さんへ激励の意を込めて。
リクエストが「千石のことを大好きな南」だったんですけど…