きゅうううううっと、身体をとことんのばして伸びをする。空が近い。俺が近付いたのかあっちが俺に近付いて来たのか、手を下ろさずに軽く飛ぶ。気分がいいとても気分がいい。こんな日は煙草だっておいしいというものだ。いやいや待って待って、ヘビーってわけじゃないんだよたまーにたまに。気持ちが昂ぶると吸いたくなるんだよね、あれ、ならない?なるよね?こういうのも何ていうか青春ってかんじでいいじゃない亜久津なんてちょう青春してる!苛々したとき苛々しながら吸うよりはやべーちょう気持ちいいって思いながらのほうがいいじゃない?えへへ、まあ、そういうわけだよ。 ポケットの奥底にひんまがって入っていたソフトケースの箱を引っ張り出す。残り一本やったちょうラッキー!ずっと入れっぱなしだったからポケットの中が葉っぱだらけだ。ひっくりかえしてそれをぱらぱら落とした後、もう一度のびをして空を仰いだままコンクリートにぺたと座る。つめたいなあでも太陽は温かい、あはははは、南みたいだ。 たたたたたたたたた! 小気味良い音それは階段を駆け上がる音。ライターをかちと鳴らして火を付けたとき、まだ大丈夫、彼がその扉を開けるまでにまだ数秒、くわえた煙草の先を燃やすには充分だ。 がちゃがちゃがちゃ! うん、そう、この屋上に続く扉はずっと前から建付けが悪くて一発では開かないんだって、知っているはずなのにどうしていつまでもコツを掴まないのかなあ。そのおかげで俺は火を付けるばかりか、すう、ふう、と白くのぼる煙を吐き出すことすらできてしまったよ。ああちょう気持ちいい。がつんと嫌な音が鳴って重い扉が開く音だって気持ちいい。 「せーんーごーくー!!!」 「いやーん、見つかっちゃった」 「なっ、なにしてんだお前!」 「怒らない怒らない男前が台無し〜」 にこにことしながらぱくと煙草を唇に戻す。扉を開け放したまますごいひどい顔をして近付いてくるのは南。今は放課後でもう部活は行かなくてよくなってしまっていて、俺も南も真っ白い制服のまま煙草からのぼる煙と同じ白いそれ。こんなに気持ちいい空の下、南の顔はそれはもう不似合いで仕方がない愛しい。愛しくて仕方ない。 屋上のはしっこにいた俺を瞬時に見つけて(いるとわかっていてここに来たのだから見つけられて当然だ)ずかずかずかと歩を進めむしろ途中から走り出して、南の顔が近くなる。すっとのばされた手は俺の手からぱんっと煙草を払って、それはきれいに円弧を描いて柵を越え教室を何階分か通り過ぎて落ちていった。ああもったいないと俺はそれを座ったままくつくつ笑って見ていたけれど、南はそれ以上ないくらいに目を見開いて柵に乗り出した。 「ちょっとみなみ、落ちるよ!」 「ばかっ!下に人がいたらどうする!」 「平気だよ、その下体育倉庫だし、コンクリートだから燃えないって」 「………千石!」 ごめん、今の言い方はちょっと優しくなかったごめん。がたがたがたと柵を揺らして彼は確かに怒りをあらわにしていたけれど、それはもちろん俺に対して、けれど俺が思っているそれとは違うみたいだった。落ちていった煙草は大丈夫だよ、南が近付いてくるあいだに火は消したんだほんとうだよ。南は俺の名前を叫んだ後にまったくひどい表情のまま振り返ってむなぐらを掴んできた。かくんと頭が後ろに落ちる。ごめんだからごめんって、人に優しくない発言はもうしないもうしない!だからそんなに怒らないで、ねえ、みな み? まって、いま、なにをした? 久しぶりに殴られると思って、咄嗟だったしむなぐらを捕まれていたから逃げられなくて、きゅっと目を瞑ったらそしたら。からりと晴れた今日の空みたいに乾燥した、たぶん、南の唇が、たぶん、俺の唇に触れた。ちくしょう、煙草なんて吸わなければよかった。そしたら煙草の嫌いな南に煙草の味がするキスなんてさせなくてよかったのに。んんん、あれでも、俺が煙草を吸っていたからキスされたのか。キスとか言うの、恥ずかしいな。 「…〜〜!なんで!お前は!」 「み、みなみ?」 「どうしてこれで我慢出来ないんだ!」 なにを言っているんですか南くん。ああ、ちくしょう、やっぱり煙草なんて吸わなきゃよかったんだ。そんなことしてなくたって南はちゃんとキスしてくれたよね?だって、 だって、今日は、 「誕生日に煙草なんて吸ってんな!」 「へへ、俺がキスしにくるまで待ってろって?」 「せんごく!」 「誕生日だよー、そんな顔しないでってー」 「こんな顔させてんのは誰だよ……まったく、おめでとう」 「ありがとう!みなみだいすき!」 ね?俺の誕生日だから。たまには手放しでラッキーを越えたハッピーだって許されるでしょう?ありがとうありがとう。さあほらいっしょにのびをしよう。気持ちいいよ。 ゆっくりと手を繋いだら、南はその手を払うことはしなかった。ありがとう。 「なんだ、てめえ、誕生日かよ」 屋上のさらに上、そこが亜久津の特等席だってことは知ってるしいるのも知ってた。ひょいと顔を覗かせた彼の口元にはもちろん煙草。南は亜久津の存在自体に相当驚いてかたまってる。繋いだ手を離すことだって忘れてる。顔は真っ赤だ。 「見てたー?」 「見てた、うぜえよ」 俺と亜久津の会話でもうどうしようもなくなってしまった南はとうとう俯いて、亜久津がとんでもなく声を張り上げて盛大に笑った。俺もぴょんぴょん跳ねて笑った。 「これやるよ」 ポケットをごそごそとして、まだ開いていない真っ赤なマルボロを俺に向かって投げる。ナイスキャッチで受け取った俺はサンキュと投げキッスをして走り出したもちろん南の手を引いて。まあ当然俺の投げたキッスは亜久津の吐いた煙に吹き飛ばされたわけなんだけれどもキャッチボール失敗。でもちょうラッキー! 「亜久津!」 南は真っ赤なまま、俺に煙草を与えた亜久津を叱ろうとしたけれど、それは屋上から出る扉をくぐる直前だったので、それは少しくぐもって乾燥して、からりと晴れた十一月の空に抜けた。 HAPPY BIRTHDAY SENGOKU KIYOSUMI! |