彼が留学してから最初の一時帰国は、俺たちが高校生になって最初の冬だった。クリスマス前、飛行機が混雑する時期を避けて、要するに彼は丸一年日本を離れていたわけだ。みんなに中学のときの連絡網を駆使してそれを伝えたのはもちろん檀くんだったわけで、みんなももちろんぞろぞろと集まった。それが今日。
「しかし檀くん、よく飛行機の便までわかったねー」
 到着口にずらっと並んだのは懐かしくもない見慣れたレギュラーの面々、全員同じ山吹高校だったし、違うのは喜多くんと室町くんと壇くんがまだ中学にいるってことだけだった。置いてある長いベンチの端から東方、南、俺。目の前にいる壇くんと同じくらいそわそわしている南が面白いそれは中学時代に彼が部長として心残りにしている些細な(なんて言ったら彼はきっと苦笑する)諍いを思い出しているからに違いない。対照的に壇くんはにこにことしている。
「ゆうきちゃんに聞いたです!それでも先輩は嘘を吐いている可能性が高いですから、昨夜直接先輩に電話して聞いたですよ!だから間違いないです!」
 その場にいた全員が心の中で、おおおおお、と感嘆の声を上げた。さすが壇太一なにもかもそのまま健在だな!そしてそんな彼にゆうきちゃん、と呼ばせている(壇くんの性格からすれば絶対にゆうきさん、と呼んでいるはずだ)彼女は更に強いな、と動揺を隠せていないのは南だけだ。目を見開いて壇くんを見てる。そんなの中学のときからずっとそうなのにいつまでたってもリアクションが新鮮だなあ。俺がうきうきと腕を組むとそこはしっかり嫌がった。
「もうすぐ時間か?」
「あ、そうですね!ドアの前で待ってるですだーん!」
「ちょっ、こら走るなって!」
 腕時計で時間を確認した東方が顔を上げると、ステップを踏むように俺の前から移動した壇くんが同じく東方の頭の高さに合わせてそれを覗き込む。相変わらずこの二人は可愛いなあ、と思うのは俺だけではないよね?かわいいかわいい。走って行く壇くんを慌てて止めようとしているのは室町くんだ。部長の責任感が身に付いてきたのか最近言動が南っぽくなってきてる山吹中の部長ってのはああなる運命なのかなでも室町くんは地味じゃないからやっぱり南とは違う。
「さーて、主役の登場かな」
「あ、到着したって」
 頭上の電光掲示板を見上げて新渡戸が呟いた。俺の台詞にもハクが付くってもんだ。立ち上がってぱんと制服をはたくと座ったままの南がびくりと肩を震わせたしかし自分がそうした動作をしてしまったことに気付いてぱっと肩に手を置いて俺を見る。真摯な目だねえ。でも残念その角度じゃ上目遣いだよ。
「行こうよ、南」
「……ああ、わかってる」
「別にあっくん怒ってないよ、今更」
「なんかお前に言われると当然だ、って言いたくなるな」
「そうですよお兄さん〜」
 腕を引いて壇くんの横に並ぶ。南がぐだぐだしてるうちに二番手は東方に取られちゃったから反対側に並ぶ。新渡戸も喜多くんも室町くんもみんな透明な硝子の自動ドアの前に整列して、向こうから白い髪を立てた長身の男が現れるのを待つ。さあおかえりなさい亜久津仁くん、笑顔全開でお出迎えするよ。


「おかえりなさいです!」
「おかえりあっくん、さみしかったよー!」
「おかえり」
「おかえりなさい」
「おかえりなさい」
「おかえり」
「…おかえり、亜久津」
 硝子を叩き割らんばかりの勢いで、姿の見えたその瞬間から壇くんがきらきらとはしゃぎ出す。それにつられて何だか俺もきゃっきゃとしてしまって、掴んでいた南の腕を本人に離された。失敗。遠目でもうんざりしているのが見える亜久津が小さな荷物ひとつで歩いて来て、自動ドアをくぐってすぐ跳び付いたのはやっぱり壇くんだった。南はワンテンポ遅れておかえりとか言ってしまったせいで俺のとなりでもじもじとしてしまった。なんだよもう俺の制服の裾なんか掴みやがってちくしょうかわいいぜ。俺は南を引き連れて亜久津に近寄った。
「おかえりなさい亜久津先輩〜元気だったですか?体調は?あ!時差ボケとかなってないですか?すぐお家帰りますか?」
「………」
 声を掛ける隙もなく檀くんの声は続く。制服の裾を掴んだままの南の手を後ろ手で握ってカワイコチャンなポーズを取りつつじりじりと距離を詰めていく。壇くんを首にぶらさげたまま不機嫌そうな表情な亜久津、でも落ちないようにちゃんと支えようとしている手が見えてるよ、恥ずかしいだけなんだよね〜でもでも、えへへ、見てご覧なさい亜久津仁、壇くんの足は地面に付いてるんだなあ、これが!
「大きくなっただろ、太一」
 隙有り!と思って話し掛けようと前に出たのに先を越したのは東方。俺は後ろの南といっしょにおいてけぼりをくらったわけだ。亜久津から離れた壇くんがちょん、と東方のとなりに並ぶ。もちろんまだ追い付くほどではないけれど、彼はここ一年、めまぐるしく成長を遂げた。俺まであとちょっと、ってかんじ(前にそう言ったら南はいっしょだろって言った)(わかってない!)
「……太一」
「秘密にしてたですだーん!びっくりしましたですか?」
「驚くだろうと思ってな、二人で言わないでおこうって決めたんだ」
 なんで黙ってたと言いたげな亜久津の言葉に壇くんと東方がまるでエスパーのように答えを返す。となりの壇くんの頭をよしよしとなでる東方と向かい合って、難しそうな表情を崩さない亜久津。親子みたいだ。ねえ南?
「…みなみー?」
「太一のやつ、見ないうちにお前より大きくなったんじゃないか」
「もう!それが俺の後ろに隠れてる子が言う台詞なわけ?」
「なっ!別に、俺は、隠れてなんかっ!」
「はいはい、じゃああの家族にまぜてもらって、おかえりなさい、言ってきなよ」
「家族って、お前…ああ、でも、確かに」
「でしょ?」
「東方が母親か」
「えー、そこはあっくんでしょー?」
 俺たちが少し離れたところでごちゃごちゃとしているあいだに、出迎えに飽きた新渡戸喜多組は空港内探索に行ってしまっていた。室町くんもいないからきっとついて行ったか彼は別に目的のお店があるのかも知れない。空港って意外と楽しいお店いっぱい入ってるんだよね、たまに擦れ違うスチュワーデスさんも美人さんばっかりだし。お!あれは海外帰りのスッチー軍団!先頭のちょっと偉そうに気高くカツカツ歩いてる人ちょう美人!なんてそっちに気を取られていると後ろの南が早く行くぞと制服を引っ張った。はいはいはい、ちゃんとおかえりなさい言いましょうね。ちゃんと仲直りして(だから何度も言うけどあっくんは怒ってないんだよ?)(ていうかあっくんが部を辞めたことに関して南は何も悪くないんだけどなあ)どうせこの後学校戻ってみんなでテニスだもんね、スッチーなんかに気を取られている場合じゃないよね、握ったままの手を南は、振りほどかないんだからね。

「…でかくなったな、太一」
「テニスも強くなったですだーん!後で見てくださいです!」
「ああ」
「……おかえり、亜久津」
「………………ただいま」

 だってもうすぐクリスマス。一足先にプレゼントなんてもらっちゃってあっくんったら!俺は南の手を取って、二人で申し訳なさそうな顔をして、家族団欒に踏み込んだ。