それは確か明け方であったように思う、曖昧になってしまうのは遮光のカーテンの隙間が強く光っているように見えたのを覚えていて、それ以外は覚えていないからだ。南が眠ったのを確認してそっと部屋を出て、軽くシャワーを浴びて戻ってきたら彼は身体を起こし細く煙を立ちのぼらせていた。普段の南なら絶対、室内で吸うときは煙の逃げ道を確保してから火を着けるのに、と思った。まだ眠く、怠いのだろう。扉を開けた途端廊下へ流れ出したのはセブンスターの燃えたにおい。
「みなみ、起きてたの」
 吸い始めたばかりであることは右手で支えられている煙草の長さを見ればわかった。声を掛けてやっとこちらを向いた南が少し笑う。首から掛けていたバスタオルで頭を乾かしながら近付くと、ベッドの上で足を伸ばし座っていた彼は何かに気付いたように煙草を灰皿へ押し付けようとする。
「え、いいよ吸ってて」
「でも、髪ににおいがつくだろう」
 濡れている髪にはにおいがつき易い。確かに以前そのようなことを言ったのは俺だ。今の南には、先を読むことはいろいろ困難で、そのぼうっとしている頭では俺がシャワーを浴びる為に部屋を出ているイコール髪が濡れた状態で帰ってくる、そういうこともわからないんだろう。早足で南の元まで近付いて、灰皿の上で消えかけそうになっている煙草を救出した。南の手を取って、その手が少し冷えていて、ぞくりとする。
「寒い?だいじょうぶ?」
「お前は風呂上がりだから暑いんだよ」
 ぎしっとベッドに片膝を預けながら南の身体を跨ぐ。煙草を離す寸前だった手をまた、彼の口元に戻そうとして、その途中。くわえられる直前に、俺はそれにくちづけた。少し吸って、キスをして、吐いた。そうしてから戻ってきた煙草に南は、笑って俺の髪をくしゃりと撫でる。
「間接ちゅうと直接ちゅうのあいだかな」
「いや思いっきり直接だったろ今」
 俺を膝の上に乗せたまま、南がゆるゆるとした仕草で煙草を吸っては吐く。穏やかだ、と思った。真正面にある顔に煙がかからないよう僅かに首を左へ回すそんな些細なことも、彼がやるからこそ愛おしい。それ以上気を遣わせないよう気をつけながらゆっくりと首に腕をまわす。完全に覚醒していない南はこういういちゃいちゃとしたものにも寛大だ。すばらしい。
「えっちの後にすぐ煙草、ってさ」
「なに、感じが悪い、って?」
「ううん、普通逆じゃないかなーと」
 首筋に顔をうずめると、空気に冷えた髪があたってぴくりと南の身体が震える。ぱっと身体を離すと、煙草をくわえたままの彼は、そのままでいい、というように優しく背中を撫でてくれた。こわいくらいにやさしいなあ、というのは、勿論言わないで甘えるわけだけれど。
「やられた方が吸うのはおかしい?」
「直接的過ぎるよ南」
「そういうのが好きなんだろ」
 ふーっと煙を吐きながら笑うその横顔がとてもすてきで可愛くて、好きだけど俺以外には言わないで、とこぼせば、眠気に呼ばれていて手の平のあたたかい南がまた、煙草を持たない方の手で俺の背骨をなぞるように撫でた。





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喫煙南そのご
20051218