「みーなみ」
「なに」
「なんで南は俺以外にまで地味だと言われているのですかね」
「は?」
 ちょうどユニフォームを頭からかぶったところでの疑問の声(というか寧ろ非難の声)は何だか随分湿気を含んでしまったようにくぐもった。お腹出てるって。そんなところで動くのをやめるのはよくないよー、もごもごとしたまま頭のてっぺんのつんつんだけが襟のところから覗いていてまったくもって宇宙人と形容しては宇宙人さんがお怒りになるような格好のまま南は、じみっつってんのはおまえだろ、ともごもごした。
「南さー、俺のはなし聞いてる?」
 もごもごも上手く聞き取って会話を続けようと頬杖をついてわざとらしく溜め息を吐いてみてもまだ南はこちらの世界へ生還してこない。しばらくもごもごうごうごした後に、せんごく、せんごく、と俺の名を呼んだ。残念ながらいつものように、またしても彼は会話を続けてくれないわけで、だって今は名前を呼ばれるタイミングじゃないんだもの。むうと膨れて見せても頭の半分より下は緑と黄色と白の布にくるまれているから見えないんだけどね。するとまた、せんごく、と呼ぶ。ちょっと切実なかんじに切り替わったので何事かと立ち上がると、ちゃっく、と一言目の前にいるかどうかもわからない俺に向かって(この部室には今俺以外いないから多分きっと俺に向けて、だ)かすかに苛ついたように投げてきた。
「ちょっとーもー、何やってんのさー…」
 襟元に付いているチャックを下ろさずにかぶったユニフォームは見事南の頭を通すことなくそこにとどまっているというわけだ。俺と話をしていたからそっちに気が回らなかった、とかだったらちょっとどきどきするのに、ユニフォームのチャックって。そんなの気回さなくても普通は普通に着れるもんだしね。
「こういうのがあるから嫌なんだってば」
「ん?なんか言ったか」
「いーえー?別に」
「そっか、サンキュな」
 髪がからまって痛くなったりしないようにそっとチャックを開けてあげて、頭の中で単語だけ並べるといやらしいのに現実は髪の毛をぺったんこにして結局人の話を聞かない南。でもこれがただ聞いてないんじゃなくて聞いてるのに俺と同じ行程をたどって理解までいかないってとこが難しいんだよね。ぶん、と一回頭を振って、両手を髪の中に入れて上に上に通す。少しは戻ったけどやっぱりぺったんこだ。
「それで?」
「ん?」
「お前の話は聞いてるよ、それで、なに?」
「………あ、戻ったの話!」
「地味がどうとか言ってたじゃないか」
「あー、もー、だからー、俺以外が南を地味地味言うのはよくないってはなし」
「東方はいいのか、ひどいな千石」
「みなみー?確かに今のは俺が言い方間違えたけどそういうはなしじゃないよー?」
「あ?」
 ぽん、と擬音が鳴りそうな口の開け方は特に態度が悪いわけではないけれど南がたまにやる本当にわけがわからないときの表現方法だ。ユニフォームのしわをのばしてラケットのガットを確かめて、話が続いているというのに部室を出ようとする。なんでこのタイミングで出てくのー、と机に突っ伏したら、お前もう着替えてんだから別にいいだろ、とそのまま扉を開けた。
「そういう問題じゃないのっ」
「どういう問題だよ」
「俺以外が南を地味っていうのはよくないのっ」
「なんで」
 もうみなみほんとうにばかなんじゃないの?左足で跳んで右足の膝を南のおしりにヒットさせたらラケットを縦にして殴られた。そういう問題じゃないっての!
「地味ってのは褒め言葉だから俺以外は使っちゃいかんの!」
「東方もか」
「みなみ!ばか!ばかみなみ!」
「ラケット取って来い、始めるぞ」
 俺は子どものようにばーかばーかと繰り返しながら部室に走り帰る。あんな地味に洋服から頭出せなくなるような地味な地味な地味な日常、勝手に俺以外にどっかでやられちゃ困るんだよ身が持たないじゃない。東方とセットでまだ緩和されてるからいいものの、地味ってのが、シンプルであるってことが、すっごいきれいなことだってみんながわかっちゃったらどうすんだばか!がららららぴしゃんっ、と扉を開ければ腹を抱えて笑っている東方と目が合った。俺はどうやらものすごい顔をしていたらしく彼の声はさらに大きくなる。
「笑うな!てゆーか何に笑ってるの雅美ちゃんは!」
「今更そんなに必死にならなくても誰も気付かないよ」
「……気付いてるじゃないか」
「南は気付かないよ」
 東方は笑いながらもさっさと着替えを済ませていく、彼はそういうとこ器用だからそりゃ頭を引っかけることもないさ、しかしどこから聞いていたのか知らないけれど南が気付かないってことが一番問題なんじゃないか。自分のロッカーから練習用のラケットを出してガットの部分を東方の整った後ろ頭にぐりぐり押し付けてやる。
「こんなに広まるとは思ってなかったんだよ!本当は地味でもなんでもないくせにー!」
「あー、南も結構気に入っちゃってんじゃないの?もう手遅れかもよ」
「ばっ、ばかばか!ひがしかたのばーか!ばか!」
 ぎゃーぎゃーとラケットを振り回す俺の頭をぐしゃと掴んで(オールバックが乱れた復讐に違いない)千石くん顔が真っ赤ですねーと笑う声の遠くで、せんごくー!と南の、やっぱちょっとかっこいい声がコートに響いていた。





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ミュライブでの地味ズフューチャーっぷりに触発されて。
言い出しっぺの千石さんはもう引っ込みがつきません。