いかにもあたたかそうな太陽の光が燦々と部屋に入り込む四月、そのくせ気温自体は低く、これだけ照っているなら少しぐらい暑くあるべきだ、と思いながら千石は出掛ける格好をしているにもかかわらずベッドの上でごろりと転がっていた。彼は、暑過ぎる夏がとても嫌いだが、少しでも寒い春はもっと嫌いだ。明るい太陽の所為で暖房を付ける気もならず、けれども室内はそれに反するように冷えている。出掛ける為に着込んだとはいえまだ寒い、足元から毛布を手繰り寄せようとしたときに、部屋のど真ん中で、半袖のシャツ一枚(彼のご贔屓であるバンドのツアーTシャツだ)(千石も持っているが、当然まだ出番では無いので夏物の衣装ケースに収納されている)で、丸まって寝ている南の姿がうっかり目に入ってしまい、自分をあたたかくしようとする気もすっかり失せてしまった。
 確かに陽の光は、見た目にはあたたかいが。この寒い部屋で、しかも床で、漫画を読んでいる最中に眠ってしまう神経が理解出来ない。さらに言えばその所為で本日のお出掛けは先延ばしにされているわけだけれども、何せここは南の部屋だ。家主の許可無く勝手に出掛けるわけにもいくまい、彼を連れ出す為、朝早く迎えに来たはずの千石は、寝転がったまま手をのばし南の頭をわしゃわしゃと触った。
「んー?」
「なに、南起きてんの」
「触るから起きた」
 背中を向けて丸まっていた南が、千石が手を離すのと同時にころんと体勢を変える。外に遊びに行くと言っているのに部屋にあがってと促されてから一時間半、あがってきたときの格好のままの千石が自分のベッドに転がっているのを見た南が、のそりと身体を起こして四つん這いでずるずると歩き出した。どうやらとなりに来るようだ、と気付いた千石が場所を空けると、どう見てもまだ眠そうな彼が、うん、とひとつ何かに頷いた。
「千石、コート脱いだら」
「あのねえ」
「午後から行っても新譜は逃げない」
「あら、南くんにしては珍しいことを言うものですね」
「うん」
「眠いんでしょ」
「うん」
 千石の胴体に腕を回してまた丸まった南と、本当は朝からCDを買いに行くはずだったのだ。彼が今着ているツアーTシャツのバンドが本日新しいアルバムを出すというので、南から誘ってきたはずだったのだ。春眠暁を覚えず。部活中では見られない眠たがる南、学校でしか会わない生徒にとっては貴重な姿かも知れないが、いっしょにいると大半はこれだ。慣れてしまった部分は当然あるものの、千石はこのときの南が嫌いでは無い。
「昨日、夜更かしした?」
「んー、なんか、部の紹介の、打ち合わせとか」
「新入生の前でやるやつ?全校集会で」
「そう、だと思う多分…ねむかったから、よく、」
「覚えて無いんだ」
「うん」
 ぼんやりと話す南が、千石の背中に回した手をばたばたと動かすので何かと思えば、どうやらベッドに放り投げてあった携帯電話を探しているつもりらしかった。千石はちょうど頭の後ろにあった彼の携帯を、今にも眠ってしまいそうな持ち主の手にそっと持たせてやる。羽交い締めにされているような状態なので満足に動ける部分も少なく、しかし身体をよじればついには脚まで自由を奪われた。カチ、カチ、と携帯電話をいじるにしては相当間隔の空いたペースで、ついに眠ってしまったかと千石が諦めた頃に一件のメールを見せられる。顔の目の前まで持って来られた液晶の画面は相手のことを全く考えていない距離で、千石は思わず目を瞑った。遅くまでメールでやりとりをしていて、というような旨の寝言のような何かをどうにか聞き取って、部長というのは大変なものだ、と思う。この場合当然、大変なのはこんなに眠たい南を相手にメールをやりとりした他の部の部長だ。彼が送った方のメールも見てやろうかと思ったが、目の前に示された文章を眩しさに負けず何とか解読したところで、これでも眠くなる南は流石だ、と思わず感心する。
 ぎゅう、と額を押し当ててくる彼の手から、携帯電話をそっと抜いてやった。
「まあいいんじゃない、寝てしまったので見てません、が言い訳になるかどうかわかんないけど」
「う、ん…?」
「おやすみおやすみ可愛い南」

 全員女子制服で前に出るってのはどう?

 自分の他にもそんな馬鹿げたことを提案するやつがいるもんなんだな、と送信者の名前を確認するのも面倒になって千石は携帯電話をぱたんと閉じる。眠ってしまった南がこのメールの内容に気付いたときのことを思うと少々可哀相ではあるがまあ、今は可愛くすよすよとしている彼を見ているのが満足なので構わない。南の女子制服姿にこれといった興味は無いので、寒さをしのぎながら考えるのは午後からのデートについて。人の体温というものは素晴らしい、思いながら、千石は南の頭をゆっくり抱えた。






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女子制服南というお題に挑戦したはずが玉砕したもの
20060715