せんごく、と、南の声が聞こえて振り返った。そこには声の通り南がぽつんと立っていたわけであるけれど何だかそれが、なんとなくおかしいことのような気がして仕方無くて、それでも立っているのは確実に南健太郎だ。どうしたの、と身体を百八十度回転させて一歩足を前に出した。そこでまず、どうして南が自分の後ろにいるのかを思い出せない自分に気付く、その前にここはどこだ。辺りを見回しても俺の視線は勝手に南にもどる。彼以外見れない仕組みになってしまったのか俺の目は、えー、それはさすがに困ったなあ、悪くはないけど良くもない。世界に南しかいないのならそれはそれでいいんだけれど実際そういうわけにもいかないっしょ。と思って見回してもやはり南に視線がもどる。まあそれはいいや。五歩ほどで彼は目の前、俺より視線の高い、あれ、髪が寝たままだ、それじゃあここは家の中ということですか?にしてもテレビも何も見えないなあ、おかしいなあ、いや、それはもういいんだった。どうしたの?声に出して南に問えば彼は俯いたまま、といっても顔が見えなくなるわけではない、彼は俺より背が高いのだからねー、ただおりた前髪に隠れて鼻先から上はわからない。口の端がきゅ、としまっているのはわかる、真剣なんだな。せんごく、ともう一度俺の名前を呼んだ南はお腹の辺りを抱えるようにして少し顔を上げた。え、どしたの南、お腹痛いの?聞くと、首を左右に振る。うずくまることもしないし見えないながら顔も苦痛にゆがんでいるかんじではない、でも俺を呼ぶ声は真剣で、手で髪を少しかき分けてみる。のぞいた両目はこちらを見ている。せんごく、また呼ばれて、あまりに真剣な目につられ、それがすっと下へ移るのに俺の目も続く。視線の先は、南の手、お腹に当てられた南の。あのな、せんごく、あの、言い淀む南は珍しいので苛々する前に少し不安になる、何かよくないことでもあったんだろうか、そう思って南の頬に手を滑らせたら、わずかに彼は微笑んで。え、なに、俺の口から言葉が出ていく前に重なる南の言葉が、その直前にかんじたなんかみょーなかんじとユニゾンするように、って…………え?ん、ちょっと待て、みなみ、もう一回言って、あ、いや、いいや、言わなくていい。頬に置いた手を離すタイミングさえ失って挙動不審。千石、言わなくていいって言ったのにこの子はもう。あかちゃんできたみたいなんだけど。あー、南以外何もかもが真っ白だ、南しか見えないんじゃなくて元々南以外何も無いんだここは、それならそれでいいんじゃなかったっけ俺?いやでもさー、さすがにさー、俯いてはにかむ南にさー、おめでとーって抱きつくことは出来ないんだよね。え、どうしよう。

 ぴぴぴぴぴ!ぴぴぴぴぴ!ぴぴぴぴぴ!ぴぴぴ ばちんっ!

 目覚まし、朝日、ベッド、あ、夢?ええ、夢オチ?なにそれ千石くんだっさーい…頭をぐしゃぐしゃにしてシーツもぐしゃぐしゃにして立ち上がる。それにしてもものすごい夢だった、南が妊娠するってそんな、キャラじゃないじゃん、するんだったら俺でしょ?いや出来ないのはわかってるって。あー、でもどっちかが産むとかそういうんじゃなくても、俺と南のこどもっていうのは、想像しただけでもわくわくするしどきどきするなあ、養子でも迎えますか、ねえみなみ?
「せんごく」
「あ、南おはよー」
 ドアの辺りに立っている南。今日は早く起きたんだねえ、あれでも仕事はお休みなんじゃなかったっけ、しかも何か気分がすぐれないかんじの顔、おりた髪の毛、お腹に当てた手、これはどこかで見た、どこかで見たぞ。
「どうしたの、気持ち悪い?」
 言ってから、まずい、と思った。気持ち悪い?って聞いちゃいかんだろここは。俺は今一体何をふまえてそう言った?夢に引き摺られているっていったらそれまでだけどさあ、だってこの南、さっき見たんだもん。でもそれはそれこれはこれ。俺は普通に様子が心配で彼に近寄る。ここは現実、テレビもコンポも何もかもある、南以外も全部見えるよ、だってここは、現実。
「せんごく」
「南?どうしたの?」
「あの、俺な」
「ん、あ、いや、待って…」
「赤ちゃん出来たみたいなんだけど」
「…………まーじでー?」
「まじで」

 えーっと、神様?俺らのこと見ていらっしゃいます?あの、えっとね、こんなこと言うのも何なんですけど、あの、コウノトリのお届け場所、間違えてます、よ………ん、間違ったんです、よね?






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パラレル部屋から移してきたけど、これどうかな…
20050502