ずっと何かに似ていると思っていたそれをはっきりと認識するのを恐れていたしその必要も無いはずだった彼が麒麟に似ていようと一角獣に似ていようともしくはただの猫だとしても(その場合ひどく目に付くだろうけど)俺には到底関係の無いことだと済ませてしまっていて、それが何を意味するのかを考えなかった。
 千石は確かにそこに存在していた。想像上の獣に似ることも無く、勿論鼻持ちならない猫の姿を模す訳でも無くそこにいたんだ。俺の何もかもを惹き付けて持ってってそれに触れもしないまま、確かに。

 太陽の光りが嫌いで、それに似たものも好きではなく、クラスの女子が唇や爪などに艶を与えるのも苦手だったが千石はそれを誰かに告げたことは無かった。千石清純は光り物が好き、という囲いは自ら作ったものであったしそれを崩すことで得られるものが無いことを知っているからだ。だから代わりに、きらきらとしないものをからかっているように扱うことで、幾つかのことをやり過ごした。それはいつのまにか身に付けた対処法で、しかし無意識に行われるそれは千石を安定させる。
「南くん、本日は太陽も雲に隠れよいお天気ですね」
「は?」
「まるで君のようだ」
「…いいから、早く着替えてくれ」
「はあい」
 ひらひらと右手を振り離れていく千石の背中を刺すような視線で、そうする南は着替える手を止めてしまっている。部室で二人きりになると声を掛けてくる千石にはもう慣れた、大抵他愛も無い会話であるし南もさほど真剣に取り合わないので交わされるのはせいぜい三言ぐらいだ。さっさと着替えを済ませてラケットを手に、南も早くしなよ、とかそういう言葉も無くコートに向かう千石が何を求めているのかを正直理解出来ずにいる。
 今日で中学最後の部活だというのにこれだ。何も変わらない。あいつは何も変えてこない俺だって変わっていってるわけじゃないだけど。千石は変わっていくことを拒んでいるというよりは、止める力を持っているように見える。
 ぎり、と心臓が痛んだ。理由がわからずに南は、違う、本当はわかっている。何に似ているのかもどうしてそれを関係無いと思うのかも。
「南」
 麒麟でも一角獣でも猫でもない、もしくはそれを全部混ぜたものがきた。ふ、と部室では無いどこかにつれてこられたんだろうか、と思った。目が霞むわけでも頭が痛いわけでも身体が動かないわけでもない、思考ははっきりとしているのにどうしてそんなことを思ったのか南は不思議で仕方が無かった。ここは部室だ、今から中学最後の部活だ、今自分の名を呼んだのは、千石だ。
「体調が悪い?」
「いや、別に」
「まだ着替えてない。さっき俺を叱ったのに」
「………」
「南」
「…千石、コート戻れ」
「違う、そうじゃないよね南」
 近付いてもこないし、部室を出て行こうともしない。千石はラケットを肩に担いで首を少しだけ傾けたまま、ぎょろっとした目を細めて言った。ひどく辛辣な表情には違いなかった、けれども南にはそれが今まで見た彼のどの笑顔より本物で、すばらしいと思う。とてもきらきらとしていて、千石が輝くものを嫌いであることを知っていれば南は確実に、それの原因が本人の中にあることを知ったはずだった。
「何が、違う…?」
「言って、なんて言いたくないけど、言っちゃった今」
 くしゃりと歪めたその表情も、見たことが無くて驚いた。千石が手をのばした先のラケットで、腕を通したまま止めていたユニフォームをまくられ腹を突かれる。咄嗟に揺れた身体を笑って、相変わらず扉に背を凭れたまま彼は南の肌に触れた部分に唇を付け、そのラケットをまるでサーブでも打つかのように振り抜いた。目を瞑ってしまって、次に目を開いたときにはもうその姿は無い。
「何なんだ…」

 知っている。そのときはもうお互いに気付いていた。
 それは紛れも無く、恋であったからだ。





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私のとても大切な千石、表に出るのが面倒だと言われないうちに。
まだ出し切れてない。
20050907