「きらきらしてる」
「うん、きらきらしてるね」
 すぐとなりでころころと寝転がっていたこぐまが、ぴたりと動きを止めて、空を見上げて、たった今気付いたようにぽつりと呟いた。僕らを覆う夜空は本当にきらきらとしていて、どこまでも続くような濃い紺色のとても広く大きい布に、金色の糸で点々と小さな結び目を敷き詰めていったみたいだった。こぐまはたまに、その短い手を天へとのばし、きゅっと光る星たちに触れようとしてわたわたする。小さな手の平がぐーぱーぐーぱーと動いて、ほう、と溜め息を吐いた後またころころと転がり出した。
「まるで夢みたいなんだぜ」
「君も、夢を見る?」
 転がって転がって、ことんとその小さな身体は僕にあたって止まる。頭のてっぺんから爪先まで、きっと僕の半分くらいしかなくて、腰辺りで丸まっているこぐまはとても愛らしかった。ふさふさの耳に触れても反応は無い、だから、少しはみだした前髪を撫でるようにゆっくりとおでこを触った。ふ、とくすぐったそうに目をつむった後に、こぐまはひとつくしゃみをする。僕は、彼のなめらかな美しい焦げ茶色の毛が、小さな小さな身体を覆い頭までをすっぽり隠す、フードであることを知っている。
「ねむったら夢を見るのは普通だって雅美さんが」
「そう」
「せんごくは見ないのか、ゆめ、見ないのか?」
「見るよ、でもきっと、君とは違う夢だ」
 それでも、というか、さらに、というか、彼がこぐまであることを、僕は知っていた。寒くなってきたのかも知れない、だって子どもの体温と自分の体温は違うのだから、こぐまは僕よりもっとずっと寒いのかも知れないと思って。またころころと転がり出そうとする彼を腕で緩く止めると、小さな頭を僕の胸に乗せ、少し着込んだセーターをぎゅうと掴む。ああそうだきっと、暖を取る、という行為に関しては、きっと僕よりこぐまの方が素直だ。背中を撫でながら、僕はぬくぬくとするのに夢中な彼の分まで、星空を、穴の空く程に見続けた。
「あたりまえだ!」
「え?」
「みんな夢は違うんだぜ!だから、おれとせんごくが、夢の中で会うことはないんだぜ!」
「そう、うん、そうかそうだね」
 きらり、と星が光る。僕の言うことと、こぐまの言うことは違うけれど、それは今の彼に説明してもわからない気がしたし、何より僕はそれをしたくなかった。そっと風が吹いて、僕らが寝転がっている場所以外の鮮やかな緑がそよそよと揺れる。きれいな草は星のように光る夜露を抱え、ふわりと冷たい風を頬に滑らせた。
「あ!で、でもな!」
「うん?」
「せんごく、おれの夢にいつも出てくるんだぜ!」
「あれ、会うことは無いんじゃないの?」
 夢への出演を告げてくれたこぐまはとても得意そうで、寒さで鼻の頭を真っ赤にしながら僕の顔を覗き込むように、にじりにじりとセーターをたぐりよせてよじのぼってくる。こぐま服の下には、ちゃんと暖かいものを着ているのかな、雅美さんはちゃんと彼に暖かいものを用意してくれているのかな、ころんと転がってしまいそうな彼の身体を支えながら、そんなことを思った。完全に身体の上に乗ったこぐまは楽しそうで、自分が何を話そうとしていたのかを忘れたように一度頭をくるんと捻る。ゆめの、と僕が小さな声で言うと、こぐまの表情にまたきらきらとしたものが戻る。星のようだね、とは、せっかく思い出した話を邪魔してしまうから黙っておいた。
「夢のせんごくと、このせんごくは、違う人なんだって」
「そうなの?」
「あくつが言ってたけど、むずかしくて、とにかくそういうことらしい」
「そっか」
 彼の言う、あくつのはなしは、いつもとても難しいようで、語尾が必ずらしいで終えられた。郵便屋の亜久津さんは、こぐまといっしょに住んでいる雅美さんや僕のようにこぐまを甘やかしたりしないから、現実をどすんと彼の両手いっぱいに乗せるのだ。けれどそれはもしかしたら亜久津さんなりの優しさで、今はぽいっとそれを放ってしまうこぐまがいつか、気付いたときにすぐ拾いに行けるようにしてあげているのかな、と。僕は彼にとって随分要らないだろう詮索をしてみたりする。誇らし気に喋り終えたこぐまは少しうとうとして、ねむる?と聞くと、ねない!と顔を上げた。
「もしここで少し、ねむるのなら」
「なんだ?」
「僕ではなく、お星様におやすみを言おうね」
 腹這いになっている彼をよいしょと持ち上げて、お腹の上でくるりと回してやると、眠気が吹き飛んだようにきゃっきゃとはしゃぐ。
「眠くならないうちに、お家へ帰る?」
「そしたらせんごくも、とかいのいえに帰るのか」
「うん、そうだね」
「じゃあここにいる。ここでお星様におやすみなさいするんだぜ」
「ほら、じゃあ、じっとして」
 今すぐ帰っても、彼が眠ってから帰っても、同じことだ。そうだこれも、僕がこぐまに秘密にしていることのひとつだけれども。こぐまが眠ったら、お家はここからすぐだから、そっと雅美さんのところまで抱いて歩いて、いつものように夜道を照らすランタンを借りよう。だから君は何も心配しなくていい、ゆっくりと、ときとぎ流れる星を追い掛けながら、自由に夢を見るといい。それが例えば僕と遊ぶ夢ならば、僕はとても嬉しい気持ちで都会の家に帰ることが出来るから。
「おやすみなさいお星様」
「お星様も、せんごくも、おやすみなさいなんだぜ」
「うん、おやすみなさい」
「あ、雅美さんにおやすみなさいしてない」
「朝起きたら、おやすみなさいの分まで、おはようしようね」
「そうだな!」
 きらきらと光る星と、心地よい重さのこぐま。草のにおいはふわりと二人を包んで、僕にまで手を差し出す眠りの妖精の誘いを、丁重にお断りするのに必死だ。彼がね、ぐっすりと眠るまで。そうしたら、次に流れる星に、こぐまと同じ夢が見れるようお願いして、僕はちゃんと立ち上がる。おだやかな寝息を立て始める彼の、首に付いた小さな鈴が、冷ややかな夜風にりんと鳴った。





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こぐまのみなみ第一話
20051106