千石はいつも必要の無いものを持ってくる。物に限ったことでは無い(例えばそれは厄介ごとであったり、どうでもいい会話であったりする)けれど、物を買う場合それはとても顕著だと思う。それは、中学の頃からずっと変わらない。
 変わらないからといって、懐かしいなあと感慨深くなれる程、良いものではないとかんじるのは、この歳になるまでずっと同じものを見ているからだ。

「はい、これは?」
「だめだ、返してこい」
「なんでだよ、純太が食べたいって言うからさあ」
「子どもの所為にするな、かわいそうだろ」
 家から一番近いスーパーはそれなりに大きくて、安いものはきちんと安い。ご贔屓ではあるのだけれど、出来れば平日昼に一人で来るのが好ましいなあ、と、背後からよく知った気配が近づいてくる度に思う。
「かわいそうじゃないさ、ねー純太、これパパと食べるんだもんね?」
「うん、ままも」
「だーめだ、あんまりお菓子食べるとパパみたいになれないぞ純太」
 本日三度目の押し問答。毎回違う箱のお菓子を持ってきては、もう返してこいと言われるのもわかっているだろうに、このスーパーに三人で来る度に繰り返す。息子の純太を左腕に軽々と抱えた千石が、お菓子売り場でふらふらしては、純太の指差すものを持ってきていることはわかるのだけれど。親として、子どもの欲しがるものをポンポンと買ってやるのはよくないと思っているからだめだと言っているのに、それを楽しんでいるのがもう片方の親だというのが問題だ。まあしかし、多分楽しいことだとして覚えてしまった息子が、父親の腕に抱かれているときについそれをやっている、というのは大変可愛い。親ばかだというのは自覚しているので、それぐらいは許してもらおう。
 まだ幼くふかふかとした指と手の平をつまんで、父親のような身体になるには不必要なものだ、と教えてやる。千石をかっこいいものと思っているらしい(大会の中継やらビデオやらをいっしょに見ているから当然なのかも知れないが)純太は、お菓子の箱と、つままれた手と、千石の顔をぐるぐると見回して、それからいやいやと頭を振った。
「かえす!」
「えーパパはこれ食べたいよ純太ぁ」
「かえす!」
「そっかあ、じゃあ違うの探そうね」
「何も持って来なくていい…」
 うんざりとしながら、お菓子の箱をばしばしと小さな手で叩く純太の頭を優しく撫でる。父親を目標にするのはいいが、その目標の父親は目の前のそれだ。千石も頭を差し出してくるので、適当にぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。
「今日はカレーだね、ママ」
「まだ野菜しか入ってない」
「わかるよ、だって家出るとき解凍したお肉が冷蔵庫にあったもの」
「…無駄に冷蔵庫を開けるなって言ってるだろ」
「はあい」
「はあい」
 千石の間延びした返事を真似するのは純太の癖だ。悪い癖、にならないことを祈るばかりだが、まあ、それも今は可愛いので良しとしよう。
 くるりと振り返り、左腕に純太を抱え、右手にきっと本人は特に食べたくないだろうお菓子を持った千石が、軽い足取りで楽しげにスーパーの通路を歩いて行く。純太のパーカーと、自由になっている両脚が、可愛らしく揺れた。それを微笑ましく見届けて、自分が押しているカートに視線を戻せば、カゴの中にはまだたまねぎとじゃがいもとにんじん、のみ。まだ野菜売り場だというのにあの二人はもうお菓子売り場とここを三往復もしているのか、と思うと、溜め息を吐きつつも顔が勝手に緩むのがわかった。
「あ!みーなみ!」
 しかしこれを続けていたらスーバーにいるあいだに夕飯の時間になってしまう、そう考えると少し焦るのでカートを押す速度をあげようと足を踏み出したとき、千石に大きな声で呼ばれる。周りに迷惑になるぐらいの声量だったのだ、なんだなんだと振り返れば、野菜売り場とお菓子売り場のあいだ辺りで立ち止まったらしい二人の姿。先程持ってきていたお菓子は純太が抱えていて、こちらに見え易いようにと高く掲げた千石の手には、
「カレーに、はちみつ!」
「はちみつ!」
 それはそれは大きな瓶の、はちみつ。今にも浮かれてジャンプでもするんではないかと思うくらい満面の笑みで同じ単語を叫ぶ千石と純太、ピンクのシャツと緑のパーカーで充分浮かれているのだからそれ以上目立つんじゃない、とは思うものの。子を持つ親というのは、総じて少し緩くなってしまうものなのだ。
「家にある!」
 叫びながら、きっと自分も彼らと同じくらいに笑っているのだろうなあ、と。

 千石はいつも必要の無いものを持ってくる。それは、同時に可愛らしい感情も引き連れて。ならばこちらも、カレーとは言えど気は抜けないな、と思う休日の昼のこと。






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可愛い子たちをお借りしましたよ!
20060501