中学の頃、父親の一眼レフを少しだけ触ったことがあった。特に多趣味な父親では無かったが、自室に保管してあるそれだけは、幼い自分の目からでも大切なものであることがわかる程で。初めて持たせて貰ったときは、それなりに感動したものだった。彼の撮った写真は、今でも当時を思い出させる。

「南おはよ!今日朝から授業あんの?」
「おはよ、無いけど、サークル」
「あー、えいけん?こんな早くから頑張りますねえ」
 小鳥が鳴くような清々しい朝に、ふらふらと校内を歩いていると必ず遭遇するのは千石清純。中学からの友人で、中学の頃から俺はよく彼に捕まっていた。それこそ、昼夜問わずで、現在の比では無い。だから今こうして後ろから突然頭をぐしゃぐしゃとされたところで驚くことも無いのだが。
「頑張りますよ、お前だって朝練だろ」
「そうよー、まあ既に遅刻なわけですが」
「ばか!早く行けよ走れ!」
 はあい、と間延びした返事で、それも中学から変わらない。彼が大学でテニスを続けているのも変わらない、変わったのは自分だけだと知っているのに、それを違和感として受け入れることの無い自分が、少しだけ、
「あー、そうだ南!」
「んー?」
「今日コーチいないからさ、おいでよ」
「おう」
 少し遠くから、両手を上に掲げて一度ジャンプをした千石は、そのまま全速力でテニスコートへと走って行った。もうすぐ二十歳になるというのに元気なものだ、と、掻き混ぜられた自分の後ろ頭を触りながら見送る。テニスに誘われたわけではない、それを瞬時に理解してしまう程に、もうその競技からは離れてしまっていた。自分も、そして千石の中の自分への認識も、だ。
 何が悪くて、何が良くて、という分岐点は無かった。それでも少しだけ、寂しいと思うのは。やはりどこかに残したものがあるからだろうか。

 けれども今はただ、彼の姿をフィルムに残そうと励むことに精一杯で。カメラを嫌うコーチがいないあいだに、取り敢えずは道具一式を揃える為、脚を速める。

 動かない写真では物足りなかった。理由があるとすれば、それだけだ。





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ありがとうございました!の気持ちを込めて
(大学で映画研究会に所属している南、という設定をお借りしました)
20060609