この時期になると必ずと言っていい程聞く、彼の台詞(舞台役者のような言い方で、本当に台詞のようなのだ)は以下二つのどちらか。ひとつに、上になんか着ちゃうと折角のラインが見えないじゃない、この清純くんの美しい胸から腰にかけてのラインがさ?ふたつめが、こんな寒そうなかっこしてたら流石の南くんも暖めたくなるでしょう?大抵このどちらかだ。そんな理解に苦しむ台詞を飽きずに繰り返す、いつも薄着な千石が、今日に限ってコートを着ていて、更にはマフラーまで巻いている。わざとか、わざとなのか。それとも何か企んでるのか。 「ねー、みなみー、今日さー」 俺の少し後ろ、数歩分距離を空けてついてくる千石が間の抜けた声を投げてくる。聞き慣れ過ぎて聞いているのかいないのかもわからなくなる程だ。そういうことを考えていると千石はそれを見抜いたかのように、聞いてるのみなみー、と続けてくる。彼がそういう特殊な能力を持っているわけではない、俺が明らかに聞いていないような態度を取っているだけなのだろう、少なくとも彼にはそう見えているらしい。聞いてる聞いてる、とおざなりに返すと息を細かく吐くような笑い方をする。嬉しいときの笑い方だ。それくらいはわかる。 「そうだお前、何で今日コート着てるんだ」 「ちょっと南、今は俺が話す番だったでしょ!」 「順番があったのか、知らなかった。じゃあ千石くんどうぞ」 「えー、なにそれー、気になるじゃーん」 「会話が成立してないぞ、千石」 冬の太陽は落ちるのが早い。今日は部活を早く切り上げたにも関わらず、帰り道は既に橙色で染まっている。ととっと軽い足音がして、後ろの千石が少し距離を詰めた。それでもまだ俺の視界には橙色の頭は入ってこない。それくらいの距離だ。 「うーん、それじゃあ仕方無い。俺から先に話しましょう」 「そうしてください」 「今日の部活の話だよ。なんで南入って来なかったの?」 「ん?何の話だ」 「だから、部活の話」 「それはわかってるよ、お前言ったじゃないか」 「部活のときに、ほら、ちょっと喧嘩みたくなったじゃない」 「ああ、喧嘩っつうか、あれは教えてただけだろ?」 「そうなんだけどさー」 今日の部活中、千石と下級生のあいだでちょっとした小競り合いというか、そんなようなものがあった。テニスに向かう姿勢について千石が久しぶりに正しいことを言っていた気がする。気がする、という曖昧な言い方しか出来ないのは、そこに俺は積極的に参加しなかったからだ。端から見れば、落ち着いて傍観を決め込んでいる部長南健太郎に見えていたのかも知れないが、千石にはそうではなかったらしい。実際そうでないのだから何とも言えないところなのに。 「テニスに熱いお前にみとれてたんだよ」 「なにそれー!南恥ずかしー!」 「俺かよ」 本当なんだ。今の言葉に嘘は無い。いつもへらへらしている千石が、たまに見せる、テニスに懸ける情熱。俺はそれが好きだ。するっと出て来てしまった自分の言葉に、俯いた。まずい、いつものように千石に前を歩かせておけば良かった。 「はい、じゃあ南の番!」 「もういいのかよ」 「うん、だって、みとれてたんでしょ?俺に」 「復唱するな」 「えへへー、それで充分。答え出たもん」 「あー、はいはい、俺の番な。千石、ちょっと声掠れてないか?」 「さっきと質問違うじゃん」 「同じだよ」 「違うよー、さっきは何で厚着してんの?って言ったじゃない」 「同じじゃないか。体調悪いのか?」 すっ、と振り向くと、千石はとてもバツが悪そうに笑って、その後何を思ったのか一気に距離を詰めて、それがゼロになったところでぎゅうと唇を押し付けられた。体勢が悪くなったので慌ててポケットから両手を出す。別にその手でどうするわけでもないのだけれど(もちろん千石を押し戻すわけでもない)なんとなく、バランスを取る為だ。辺りを見回す俺に、ちゃんと確認しました、と無駄に誇らし気な千石。馬鹿じゃないのか、と言えば優しくないなあ、と笑った。 「ほら、よくあるじゃない漫画とかで。キスして風邪うつすの」 「…風邪引いてんのか、無理するなよ、部活休んでもよかったのに」 「それはやだよー」 「なんで。いつも勝手にサボるじゃないか」 「今日は!たるんだ子たちに喝を入れてやりたかったの!」 「おお、熱いな」 「南くんはこういう千石くん好きでしょ?」 「そうだな」 えへへー、と声に出して言った後(俺は千石以外にこういう擬音みたいなものを言葉にする奴を見たことが無い)もう一度俺のコートを掴んで引き寄せて、キスをした。二回目だから仕方が無い、と理屈も何もあったものじゃない納得の方法。いつもそうだ。それが悪いと言っているわけではない。 「ほら、ね、バレンタインだし、ね」 「さっきと理由変わってるじゃないか」 「いいじゃーん、だってさ、誕生日過ぎてから誕生日おめでとう、って言われても、悪い気しないでしょ?」 「例えが悪い」 「えー」 いつも薄着な千石が、今日に限ってコートを着ていて、更にはマフラーまで巻いている。それなのに手袋をしていなくて、俺はさっきまでポケットの中で温めていた手で千石の指に触れた。随分冷えている、と思うはずだったそれは俺の手より温かくて、というか熱くて、思わずぎゅっと握り込む。 「お前、熱あるんじゃないか」 「だから風邪引いてるって言ったじゃない」 「早く帰るぞ」 「うん」 俺は千石の手を自分のコートのポケットに自分の手といっしょに突っ込んで、千石の家を目指し早足で歩き出す。それで、ちゃんと送り届けたら、千石のいないところで彼のお母さんに、今日の千石くんはかっこよかったんですよ、とか、こっそり教えてあげようと、思った。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− すてきなすてきな千石と南のキス祭りに飛び込ませてきたものです。 アカシアの高助さんの絵に付けさせてもらった小説ですので、 可愛い元絵はそちらでどうぞ! |