すべてを押し流すように、雨が降っていた。すべてを叩き壊すように、雨が。それは最早先の鋭い槍かも知れなく、もう少しすれば串刺しになるだろうと思った。窓からは何も見えず、遠くの街灯だけが凶器のような水を浮かび上がらせている。深夜、その光景を眺めることは少なくなかった。いつだったか怒声と聞き間違える雷に、対抗して叫び続けたことがある。すべては掻き消され、俺を止める人はいなかった。同じ頃に、妹を抱えてベッドに隠れたりもした。たぶん、彼女が怯えていたわけではなかった、ゆっくりと耳を澄まし、何が起きているのかを聞いていたはずだからだ。それでも妹は俺の腕の中でいくつか自分のおもったことを言って、はやくねないと、と笑っていた。ひとがたくさんしにましたね、ひとがたくさんころされました、ひとをたくさんころして、そのうえにあるやさしいせかいって、そこになにがあるんでしょうか。俺はあのとき、ほんの一瞬だが確かに考えた。彼女が死ねば、彼は妹を守ってくれるだろうか、と。身を犠牲にして止めることは出来ただろう、あの小さく暖かい手から銃器を取り除くことも容易かったはずだ。しかし雨は止まず、遠くの明かりも小さくなっている。朝が来るのかも知れない、已然雨雲に覆われ光を失ったままの空にも、時間というものは残酷だ。ただ、幸せになりたかった。愛しい人たちと、幸せになりたかったんだ。彼女と、同じだったんだ。雨はまだ降り続けている、いつの間にか腕の中から妹は抜け出していてもしかすると朝食の準備を手伝っているのかも知れなかった。すべては過去、そうして記憶は流されていく。俺はいつから天候を自由にすることが出来るようになったのだろう、自意識は肥大の一途を辿り、記憶はただの情報と化す。街灯は消えても、空は晴れないというのに。